「ブラインドネス」のキリスト教的考察 目からウロコの語源とは?
※ 以下、映画「ブラインドネス」のストーリーのネタバレを含みます「ブラインドネス」の衝撃が頭から離れません。
そうそう忘れられる映画ではありませんが、やはり何か腑に
落ちないものが残るからでしょう。
映画ブログをいつくか閲覧しますが、適切な解説は見つかりません。
というか、そんな暇があるなら、自分で考えた方が早いので、
少し「ブラインドネス」について考察をしてみましょう。
まずは、映画のラスト。
というか、いきなり映画のラスト。
バッハのカンタータがかかります。
カンタータは、教会での礼拝のために作られた曲ですから、
キリスト教的な雰囲気が漂います。
映画的には、「この映画はキリスト教的に解釈しなさい」と
いうことを意味しているのでしょう。
「ブラインドネス」の中で、直接キリスト教とかかわるシーンとして、
教会のシーンがあったことをすぐに思い出します。
教会内にあるマリア像には目隠しがされ、教会のステンドグラス
の人物の目の部分にも、目隠しがされています。
ステンドグラスは、高いところに設置されているので、
失明した人がステンドグラスの目の部分に
正確に目隠しをすることは不可能です。
ということは、失明する以前に、目隠しをしたということ。
全世界失明は「預言」されていた・・・と私は解釈します。
目隠しされた聖母マリア像。
この映像はかなりショッキングですが、この映像を見て私の頭を
よぎった言葉があります。
それは、「啓示」です。
「啓示」とは、神または超越的な存在より、真理または通常では
知りえない知識・認識が開示されることをいいます。
啓示によって真理が開示され、それによって信仰が成立する宗教を、
「啓示宗教」と呼び、キリスト教もその一つです。。
それで、なぜ「目隠しされた聖母マリア像」を見て、
「啓示」という言葉が私の頭をよぎったかというと、
そもそも、聖母マリア自身が「啓示」的意味を持つからです。
聖母マリアの処女懐胎。
この出来事は、神の力を人々に知らしめた重要な出来事であることは
言うまでもありませんが、これこそが「啓示」です。
「ブラインドネス」という映画。
全世界の人々が失明してしまうという異常事態。
これを一言で言うならば、「啓示」ではないでしょうか。
神の力を示したということ。
そして、神が何らかのメッセージを伝えようとした、
ということです。
では、この「全世界失明」に、どんなメッセージが
託されているのでしょうか。
まず映画と無関係に、失明というのは光を失うということですが、
「光」はキリスト教的に特別な意味を持っています。
天地創造で、神は最初に「光あれ」と言って、「光」を生みだします。
つまり、「光」とは「神の力」そのものです。
「光と闇」という言葉がよく使われますが、「光」とは神が支配する
世界、領域であり、「闇」とは悪魔が支配する世界です。
ですから、吸血鬼は、日没してからでないと活躍できないわけです
(象徴的な意味で)。
光を失った人々というのは、信仰を失った人々。
あるいは、神の力の届かない人々を象徴するだろうことは、
容易に想像できます。
さて、これくらいの知識を整理したうえで、映画に戻りましょう。
新約聖書で、「失明」で思い出されるのは、二つエピソードです。
一つは、失明したパウロが視力を取り戻す「パウロ回心」の話。
もう一つは、イエスがエリコで盲人を治した話です。
目隠しされた聖母マリア像が置かれていた教会で、
神父が説教をしています。
パウロの話をしていました。
また、この教会自体が、「サンパウロ通り」に位置していた
というものも重要です。
要するに、パウロが二重に強調されています。
パウロのエピソードが「ブラインドネス」の解釈において
非常に重要である、というのは間違いなさそうです。
さて、パウロが回心した話について、簡単に説明しておきましょう。
パウロ(回心前のパウロは、サウロ、またはソウルと呼ばれており、
聖書でもサウロと書かれていますが、混乱するので、ここではパウロで
統一します)は、ユダヤ人であり非常に熱心なユダヤ教の教師ラビでも
ありました。
当時、広がりつつあったキリスト教を、先頭に立って迫害していたのが
パウロです。
パウロがイエスの弟子たちを弾圧しようと旅をしてダマスコに
向かう途中のこと。
パウロはイエスの声を聞きます。
「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」
「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」
そして、パウロは失明してしまいます。
パウロは失明して従者に手を取られながらダマスコの町に入ります。
パウロは、ダマスコでキリスト教の信者であるアナニアに会います。
アナニアはイエスの幻を見て、パウロに会うようメッセージを託されます。
アナニアは言います。
「兄弟サウル、あなたがここへ来る途中に現れてくださった主イエスは、
あなたが元どおり目が見えるようになり、また、
聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。」
すると、たちまちパウロの目からうろこのようなものが落ち、
パウロは元どおり見えるようになりました。
この話が「目からウロコ」という言葉の語源となっています。
この出来事により、パウロはユダヤ教からキリスト教に回心し、
以後、命がけの布教活動を行っていきます。
キリスト教が、今日のような大きな宗教になるきっかけは、
このパウロの布教活動が大きく貢献していると考えられています。
ちなみに、このパウロの神秘体験は、精神医学の世界では
昔から「てんかん発作」と考えられられています。
パウロの雷に撃たれたような感覚。強い光を見たという体験。
これは、てんかん発作そのものでしょう。
また、側頭葉てんかんに多い複雑部分発作では、
「知覚異常」もしばしば見みられます。
パウロの失明のエピソードをまとめると
・失明したり、視力を回復したのは、全て神の力だった
・パウロに自分の真の目的、生きる目的を悟らせるために
イエスはパウロの視力を奪った
・失明を通して、パウロは神の力を知り、イエスへの信仰を得た
ここまでわかれば、「ブラインドネス」という作品のテーマも
かなり明確になるのではないでしょうか?
信仰を失った現代人。
あるいは、目的を失いおかしなことばかりしている現代人。
そうした人々に、何かを悟らすために神の力として
「全世界失明」という出来事が起きた・・・。
こう考えると非常にスッキリするでしょう。
細かい解釈は各人にゆだねるとして、
作品全体を「神の啓示」としてとらえるだけで、
非常に奥深い作品に見えてきます。
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